横浜市野島のオオバンの増加記録

          

1.初めに

 著者のフィールドである、横浜市金沢区の野島公園と野島水路で、8年前
から定期調査を実施している。調査開始時には野島ではオオバンが
1羽も記録
されていなかった。

 ところが、現在(201612)ではオオバンは、400羽を越える数まで増加してい
る。2016年の調査結果によると、
野島の野鳥で一番多いのが、スズガモ、次に多いの
がオオバンと
なっている。

 オオバンが野島で増えることができた「野島の環境」は何なのか。当初、
1羽も記録されなかった環境の中で、どのように生活する場所を拡大してい
ったのか。野島水路と平潟湾をどのように活用していったか。 

400羽にも増加したオオバンが、10月に飛来し、4月に飛去するまで、生活
場所を変えていく傾向もみられる。この状態を探ってみたい。また、採食す
る餌が同じヒドリガモとの対比、生活場所などはどのように違うのだろうか。

 なぜこれほど増える事が出来たのか、その原因を探ることとこの急増の記録
を残すということをテーマに取り組んでみた。

 最後に、オオバンの主食であるアナアオサとアマモについて野鳥との関係を
述べてみたい。

2.調査地の概要

 2.1調査地について 

調査地の野島は横浜市金沢区に位置し、横須賀市の夏島町に隣接している。

野島の周辺を平潟湾と金沢湾が取り囲み、宮川、侍従川、鷹取川の3河川が
平潟湾に流れ込んでいる。このため平潟湾、金沢湾とも淡水の影響が強く、特
に平潟湾、野島水路は汽水性が高い。

 この論文では、平潟湾の夕照橋の東側から野島水路出口までを「野島水路内」
。野島自然海岸から野島航路出口の東側の金沢湾の海を「野島水路外」としてい
(詳細図-3)を参照

野島の紹介 図-1 野島の位置・調査区域

  

2.2調査方法と回数

調査はラインセンサス法で、月2回定期的に実施している。横須賀市の夏島町
をスタートし、野島水路、平潟湾沿いを歩き、夕照橋を渡り、野島公園に入り、
自然海岸から野島航路出口まで歩き、最後に野島展望台で終了するコースである
(図
-1の点線)。海沿いでは、ルートから100mの範囲にいる鳥類も記録した。

調査地は海と干潟が含まれ、潮の上げ下げにより環境が変化し、水鳥が潮の動き
により生活場所を変える。調査時、鳥類の居場所と羽数を記録できる方法として、
調査地を
100mの枠で区切り、場所毎に番号を付けた。

 

調査は20092月〜201612月までの190回実施し、全種合計11296件のデータが
得られた。その全データのうち、オオバンのデータ
515件とヒドリガモのデータ590
件を抽出し解析した。

なお、以下本文で「年度」と表現するのは、冬鳥の越冬期間を示す。12年度とは
201210月から2013年月までの期間を示す。(一般の20124月から20133月とは
異なる
) 

3.オオバンの調査結果 

3.1オオバンの生態

叶内ら(201112月)によるとオオバンは

「東北地方北部以北で夏鳥、それより南では、留鳥又は冬鳥。(中略) 湖水、池、
河川、
(中略) など。(中略) 水草の根や草を好んで食べ(後略) 。」とある。

 また、真木ら(20063)によると

(前略) おもにアシなどが生える湖沼、池、河川、水田など淡水域を好んで生息
する」とある。

野島では、オオバンは1024日ごろ渡来し、510日より前に渡去する冬鳥である。

オオバンは平潟湾、野島水路、野島自然海岸沖の金沢湾側等の海岸に数が多く、
少数が、周辺河川の鷹取川、侍従川でも生活している。ただし、
98%以上が川でな
く、海という生活環境に分布している。

野島のオオバンは、次のような環境下での生活と食性をしている。

@    当初、淡水域でなく汽水域の海域で生活していた。最近は、より塩分の多い
汽水域で生活している個体の方が多い。

A    海藻のアナアオサ、水草のアマモを主な食料としている。

3.2オオバン急増の実態と生活場所  

著者は20043月頃より野鳥に関心を持ち、バードウォッチングをはじめた。横浜
市金沢区内で、オオバンを見たのは長浜池で越冬している個体が初めてと記憶して
いる。

以後、2008年に調査を開始したが、野島でオオバンは観察出来なかった。野島公園
と野島水路
(以降野島と略す)では、オオバンは野島で2008年に2羽を記録し、瞬く間
に数が増加していく。

2009年はたまたま来たのだろうと考えていた。ところが、その2年後の2011年には
30
羽と二桁となり、2014年には153羽、2016年には420羽となった。驚くべき急増傾
向を示したため、「何故このように増加したのか」という疑問が生じた。

-2 オオバンの最大数

 

これだけの数のオオバンが、野島のどこに分布しているかを見てみる。オオバン
8年間の調査カウント数と比率を野島水路内(平潟湾・野島水路)と野島水路外(
沢湾
)に分けて図で表すと、図-3様になる。野島のオオバン達は、3分の2が野島水
路外
(金沢湾)で生活している。

-4 オオバンの年度別 場所別推移(比率)

ところが、2009年からの飛来数を野島水路内と野島水路外に分け、年毎に推移を
みると意外な傾向が表れた。当初、オオバンは野島水路で生活していたが、
2012
64羽となった時、野島水路で生活するオオバンと野島水路外に進出したオオバン
の数が、逆転していたのである。

オオバンは、最初生息していた野島水路内(平潟湾・野島水路)から野島水路外(
沢湾
)に生活している場所を変えつつある。オオバンは淡水系を好む生態であるのに
、なぜ
2009年から2011年まで生活していた汽水域(塩分濃度2.6%)から、より塩分濃度
が高い
水路外
(塩分濃度3.2%)に進出したのであろうか。

3.3 オオバンの食料

オオバンが塩分濃度の高い野島水路外に進出した理由を餌との関係で検討してみる。

このオオバンの貴重な食料となっているのが、@アナアオサAアマモの2種類である。

このアナアオサとアマモのそれぞれの年間ライフサイクルと発生量がオオバンにと
ってとても重要である。

 このアナアオサの発生量の多さは写真に示すとおりである。野島公園と隣接する
海の公園では、公園利用者から砂浜に打ち上げられたアナアオサの悪臭についての苦情
も多く、低コストでの処分方法が無く、処分コストがかかり過ぎ、行政も困っている。

写真-1              野島海岸に打ち上げられたアナアオサとアマモ

野島自然海岸に打ち上げられたアナアオサ(波打ち際)。手前の砂浜に打ち上げら
れた「わらくず」の様なものは、枯れて乾燥したアマモである。
 

写真-2 アナアオサを食べるオオバン

海上に浮いているアナアオサを食べるオオバン

野島のアナアオサのライフサイクルは、春から初夏にかけて繁茂し、89月の暑い
時期がピークとなり、以後、多くが枯死する。そして涼しくなった
10月頃から再び増
加し、
1月にピークとなりすぐ枯れ始める。2月頃には、急激に減少し、春から再び増
加するというのが年間の基本パターンである。

餌の一つのアナアオサが、1月にピークとなり、2月に枯れてしまう。野島には淡水
性の水草は
1本も生えていないため、オオバンにとって2月からは食糧難の到来を意味する。

一方、二番目の食料になっているアマモは野島水路外、金沢湾に繁茂している。

野島の自然海岸沖から野島航路出口側の海、即ち、野島水路外(金沢湾)の浅瀬には、
「海をつくる会」他によるアマモの植栽・再生が行われ、アマモが定着、再生された。

アマモは秋冬から根が伸び、芽が出て葉が伸び、56月頃大きく繁る。夏に葉が一度
枯れ短くなるが、秋から冬に再び根や葉を伸ばす。

アナアオサが枯れた後、オオバン達はこのアマモを潜って直接食べるか、海面に出て
いる物、
海面に浮いている「流れ藻」状態の葉を採食して過ごしている。
 

写真-3 アマモを食べるオオバン

海上に浮いているアマモ(流れ藻)を食べるオオバン

アナアオサからアマモへの食内容を転換することにより、オオバンは、1月以降餌を
求めて、野島から他の越冬地へ移動する必要が無くなっている。

 オオバンが、野島でこれだけ増加した原因は、アナアオサとアマモが豊富にあるとい
う環境にある。
10月から12月までのアナアオサ、1月〜4月までのアマモという豊富な
餌の存在がオオバンをささえている。

オオバンがアナアオサとアマモのどちらを好むかについては、アナアオサの方が好ま
れている。両方一緒に浮いている場合、アナアオサを食べることが観察されている。

 

3.4 生活域の変化とその原因(オオバンの野島進出史)

では、オオバンが野島のどのような場所に定着し、どのように生活圏を広げ、現在に
至ったか、確認していく。

前述の通りオオバンが、最初に居付いた場所の環境とはどのようなところであったか。

場所毎に付けた番号から、調査時の鳥の居場所、羽数を見てみる。

オオバンが最初に居付いた場所は、200924日初めて飛来した2羽の1F2Gポイント
である。
2Gは、鷹取川河口部の淡水の多い場所である。324日以降に飛去したのが2F
3Fのポイントであった。飛来から飛去るまでに、常時居ついたのが、2Eポイントであった。

2Eポイントは後で述べる主な採食ポイントの一つである。初年度は2ヶ月の滞在であっ
た。この時のオオバンが採食していたのは、アマモであったのを確認している。

-5 オオバンが初年度飛来・飛去ポイント

 

この2Eという場所の特徴は、調査地の南端でカモ類・カワウが集合・休憩する場所で
あり、南東側から側溝が流れ込みむため、淡水の影響が強い場所で、水鳥たちの水飲場で
もある。又、満潮時でも水没しないただ
1ヶ所の陸部・休憩地でもある。

翌年(正確には翌シーズン)200911月は、3羽が同じポイントに飛来し、2010年の2月に
早々と飛去している。

翌翌年2010年の11月は、同じポイントに3羽飛来し、2011年の4月に飛去している。この
シーズンに初めて冬鳥としてフルシーズン野島で過ごすこととなった。

 2011年のシーズンは、オオバンは30羽となり、野島水路内の生活範囲を広げていった。
その中で、
12月・翌年1月には野島水路外、即ち金沢湾の最南端で過ごす個体も現れてきた。

2012年のシーズンは、通期総数の比率では、ほぼ半数のオオバンが野島水路外に進出した。

同じシーズンを月別にみると、12月に46%が水路外に進出、2月には95%が水路外に進出
した。

 

2013年以降は当初から野島水路内、野島水路外の全域に進出して生活するようになった。
全体的な傾向として、野島水路外で生活する個体の方が多くなった。

2011年は過渡期、2012年転換期となる。2012年の生活パターンが、現在の野島のオオバン
の生活パターンとなっている。

 

次に、野島水路外に進出したオオバンの直近の越冬状況(201511月〜20164月)を
月別にみてみる。殆どのオオバンが
12月以降、野島水路外で生活している。

-6オオバン月別・場所別推移(2015年度)

 

3.5 採食ポイント

アナアオサは根付いて成長するものと根を持たず浮遊して成長するものがある。野島で
は浮遊して成長するものが多く、何処でも浮遊していて、全ての場所が採食ポイントとな
る。その中で、主な採食ポイントを図
-7で示す。

 

これに対し、アマモは野島自然海岸沖から野島航路側に植栽されている。オオバンが採
食する場合、
3パターンがある。

@    潮が低い時は水面で採食A潮が高い時は潜水して葉をむしり取って採食B離れ藻
となって浮いているアマモの葉を採食する。

3月の大潮時の観察によると、自生しているアマモは、干潮時には殆どが海面に露出する
か、オオバンが潜水して嘴が届く高さに生育している。満潮時は
120cmぐらいの水深と
なり、オオバンでも採食には潜水労力を要すると予想される。

 これに対し、浮遊しているアナアオサとアマモは潮の干満と風により、野島水路外と野島
水路内の特定の場所に集まる場合が多い。特に、冬の時期は風の関係で北向きの海岸に集ま
るケースが多い。

 アマモの離れ藻は、海面に浮かぶ形で移動するため、ほとんどが野島水路外にとどまるケ
ースが多い。このため
2月以降は、ほとんどのオオバンが野島水路外に集まることが多くなる。

-7 主な採食ポイントとアマモ場 

 4.ヒドリガモとの比較

前述のとおり、20092月に初めて野島に飛来したオオバンは2012年には、ほとんど野島
水路外に進出した。このパターンはオオバン特有のものであろうか。

野島には、オオバンと同じものを食べて生活しているヒドリガモが居る。このヒドリガモ
とオオバンを比較する。
 

4.1ヒドリガモの生態

ヒドリガモの一般的な生態は、叶内ら(201112月)によると

「冬鳥。(中略) 海岸、内湾、湖沼、池、河川など。(中略) 日中は(中略) 休息している事
が多く
(後略) 。海岸やその近くで生活しているものは、夜、海上に出てノリなどの海藻類を
好んで採食する。」

野島のヒドリガモは、10月初旬に渡来、4月上旬頃渡去する冬鳥である。

野島では日中から活動。野島水路内、野島水路外を移動する。アナアオサとアマモを主に採
食し、オオバンが潜水して取ってくるアナアオサを横取りしていることも多い。
 

ヒドリガモの最大数は、2009年〜2016年まで、100羽を前後して変動し、減少傾向があるも
のの、急増や急減はしていない。

-8 ヒドリガモ最大数

 ヒドリガモは、オオバンで確認した野島水路内から野島水路外という年毎での変動はほと
んどない。オオバンの様に、野島水路内に多い年が
3年続き、それ以後、野島水路外へ進出と
いうような傾向はみられない。 毎年、野島水路と野島水路外を行き来し、両方を活用して
いる。
 

-9 ヒドリガモの年度別 場所別推移(比率)

それでは、ヒドリガモが越冬期間中どのように移動しているかを見て見ると。10月〜1
ぐらいまでは、野島水路内、
1月以降は殆ど水路外に移動している。

あまり潜水が得意でないヒドリガモは、アナアオサを採食するとき水深が浅く、採食面積
も広く、オオバンからアナアオサを横取りしやすい野島水路側で採食しているケースが多い。

-10 ヒドリガモの月別場所別推移

  

4.2オオバンとの比較

オオバンの観察記録とヒドリガモの観察記録を比較してみると野島に初めて進出したオ
オバンは、
2012年まで水路内にとどまり、2013年以降野島水路外に出て行っている。

ヒドリガモは従来から野島に来ており、年による場所移動はほとんどしてない。

但し、毎年1月以降はやはり水路内から水路外へと移動していることが確認出来る。

ヒドリガモは、アナアオサの減少による食糧不足を解消するため、水路外でアマモの離れ
藻を採食するため、自ら移動するのである。
 

5.野鳥との関係からみたアマモの役割

 水産庁・マリンフォーラム21「アマモ類の自然再生ガイドライン」によれば「アマモは葉上
に珪藻・海藻、葉間には小型生物が生息、それらを目当てに魚類が集まる良好なエサ場にな
る。アマモ周辺の砂地に二枚貝と豊かな生物群集が形成される。アオリ・コウイカ、ウミタ
ナゴの産卵場となる。また、稚魚たちの隠れ・生育場所となる。」要

 上記のように、アマモは海の環境・生き物にとても大きな役割を果たしている、と広く言
われている。 

 野島のアマモは、野島の野鳥の一部にとって、大事な食料となっている。オオバン、ヒドリ
ガモに加え、オナガガモ、カルガモ、渡り途中のコクガンやコブハクチョウについてもアマモ
を食べていたのを観察している。

間接的にも、アマモ場で育った魚類や甲殻類が、サギ類やカモメ類、ウミアイサなどのカモ
類の食料にもなっている。

2016年に飛来したエリマキシギは、干潟に打ち上げられたアマモについた魚の卵を食べてい
た。キョウジョシギはそのアマモをひっくり返して、食料を探している。

ただし、関東では、野鳥がアマモに依存して生活している例をあまり聞かない。大規模な干
潟とアマモ場が少ないためかもしれない。北海道ではアマモを食べる冬鳥としてコクガン、ハ
クチョウなどがよく知られている。
 

6.今後の課題

はたして野島のオオバンはこれからも増え続けるのであろうか。同じ環境で同じものを食べ
ているヒドリガモがわずかに減少傾向で、オオバンが増加傾向という点は注目すべきだろう。

また、アオサとアマモが生育する環境は、隣接する「海の公園」でも同等の条件である。し
かし、「海の公園」には、野島に居るカモ類・オオバンとも比較しても数が極端に少ない。何
が原因であるか不明である。

 野島と「海の公園」が野鳥たちにとってどう違うのかが分かれば、今後の野鳥の越冬地の保
護に大いに役立つと考えられる。

 一つの推論となるが、野島と「海の公園」の相違点として、野島の方が、周囲に人が余りい
ないため、

、鳥達にとって安全である事が大きな理由ではないかと考えている。いつも人が居る海の公園
より、人があまりいない野島の方が鳥達にとって安心できるのかもしれない。鳥類にとって横
須賀市夏島町側の工業地帯、とりわけ日産自動車側の護岸は人が入りにくい別天地でもある。

写真-4 浮遊しているアマモを食べるヒドリガモ

写真-5 アナアオサを食べるヒドリガモ

写真-6 アナアオサを食べるオオバン

写真-7 アマモを食べるコクガン

写真-8  浮遊するアマモを食べるヒドリガモとオオバン 

   

この論文の作成に当たりお世話になった方

論文作成に当たり、とても大事なポイントで沢山のご意見・ヒントを戴きました。

神奈川県水産技術センター                               工藤 孝浩

よこはま水辺研究会                                  渡辺 彰

谷津干潟自然観察センター   指定管理者       小山 文子

 

参考文献

叶内拓哉他 201112月「山渓ハンディ図鑑 日本の野鳥増補改訂新盤版」山と渓谷社

真木広造・大西恵一 20163  「日本の野鳥590」      平凡社

横浜市環境科学研究所       20103月「横浜市海域における生物相調査概要」

水産庁・マリノフォーラム21(2007):アマモ類の自然再生ガイドライン